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戦国三英傑の朝食を再現する 信長・秀吉・家康、三者三様の朝

湯漬けをかき込む者、握り飯を頬張る者、麦飯を貫いた者。
天下を取った三人の朝食を、当時のつくり方で再現した記録。

再現した織田信長の朝食。白米、焼き味噌、大根の味噌漬け、湯を入れた器
織田信長の朝食。白米に焼き味噌と大根の味噌漬け、そして湯を注ぐための器

この記事でわかること

  • 三英傑の朝食は信長=湯漬け・焼き味噌・大根の味噌漬け、秀吉=豆味噌の握り飯・蛸の味噌焼き・納豆汁、家康=麦飯・茄子の味噌汁・鶏肉の焼き物・瓜の漬物
  • 信長は焼き味噌を朝食に欠かせないものとし、湯漬けをかき込んで桶狭間へ出陣したと『信長公記』に描かれる
  • 秀吉は尾張の生まれで味の濃いものを好み、蛸を愛したことで知られる
  • 家康は白米に麦をかけて出した家臣を、烈火のごとく叱ったという
  • 三人に共通するのは豆味噌。大豆・豆麹・塩だけでつくる味噌を、三人とも好んで食べていた

戦国の三英傑は、朝に何を食べていたか

織田信長は湯漬けと焼き味噌、豊臣秀吉は豆味噌の握り飯と蛸の味噌焼き、徳川家康は麦飯と茄子の味噌汁。 天下統一を成し遂げた三人の朝食は、それぞれまるで別の性格をしています。

織田信長
湯漬け、焼き味噌、大根の味噌漬け
豊臣秀吉
豆味噌の握り飯、蛸の味噌焼き、納豆汁
徳川家康
麦飯、茄子の味噌汁、鶏肉の焼き物、瓜の漬物

質素を好む者、贅沢を愛する者、実用性を重視する者。 いかにして武将たちは日々の朝食から活力を得ていたのか。 それぞれの朝食から、戦国を駆け抜けた英雄たちの人となりを探ってみましょう。

一人目・織田信長の朝食

献立は湯漬け、焼き味噌、大根の味噌漬けの三品です。 信長は革新的で合理主義者として知られていますが、短気とも言われています。 その気が短い性格は食事にも反映されているようで、この湯漬けを掻き込んだそうです。

湯漬けと、桶狭間の朝

椀に盛った白米に焼き味噌を乗せ、湯をかけた湯漬け
焼き味噌を乗せた飯に湯を注いだもの。これが湯漬け

湯漬けとは、ごはんにお湯をかけて食べる、今でいうお茶漬けの原型とも言われているものです。

『信長公記(しんちょうこうき)』には、次のような場面が伝えられています。

1560年、かの桶狭間の戦いで今川義元の25,000の大軍と対峙した信長は出陣前、 幸若舞「敦盛」の一節を詠み終わったあと、立ったまま湯漬けをかき込み、 兜の緒を締めて決死の覚悟で桶狭間へ出陣した ―― と伝わります。

人間五十年、下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり。
一度生を得て、滅せぬもののあるべきか。

「人の世の五十年間は天界の時間と比すれば短いものであり、夢幻のように儚いもの、 一度生まれたら滅びないものはない」という意味です。

圧倒的不利な状況でも動じない信長の胆力と美学を象徴する名場面として描かれています。

すりごまを混ぜた、焼き味噌

すり鉢でごまをすっていく手元
ごまをすり鉢でごりごりと。信長はすりごまを混ぜた焼き味噌が大好物だった

当時、織田信長に限らず、戦国の武将たちは味噌を重宝していました。 特に大豆、豆麹と塩だけで作られた豆味噌を好んで食べていたそうなんです。

まずは味噌に入れる食材から。大葉を細かく刻んでいき、次にネギも細かくしていきます。 そしてごま。これをすり鉢でごりごりと。

鉄鍋で豆味噌にすりごま・ネギ・大葉を混ぜて焼いていく手元
鉄鍋に豆味噌を入れ、すりごま、ネギ、大葉を混ぜていく

そうしたら鉄鍋に豆味噌を入れて、すりごま、ネギ、大葉を入れて混ぜていく。 香ばしいにおいがしてきますねぇ。たまらん。

火が通ってきたら最後に生姜をすりおろし混ぜていけば、焼き味噌の出来上がりです。

小皿に盛り付けた焼き味噌
完成した焼き味噌。信長はこれを非常に愛し、朝食には欠かせないものとしていた

もう一つの好物、大根の味噌漬け

ざるの上に置いた、皮をむいて半分に切った大根
皮をむき、半分に切って天日干しにする

かなりしょっぱい味だったらしいのですが、どうなんでしょうね。 大根を切り、皮をむく。そうしたら半分に切って天日干しにしていきましょう。

木桶に敷き詰めた豆味噌に干した大根を漬け込むところ
天日干しにした大根を豆味噌につけ、数日間寝かせる

信長は保存の利く食べ物を好み、この大根の味噌漬けも常備していたそうです。

小皿に薄く切って盛り付けた大根の味噌漬け
薄く切って盛り付ければ、大根の味噌漬けの完成

これに炊いたご飯を盛り付ければ、織田信長の朝食が完成。 革新的な信長らしく、栄養価と効率性を重視した朝食ですね。

二人目・豊臣秀吉の朝食

再現した豊臣秀吉の朝食。豆味噌の握り飯、蛸の味噌焼き、納豆汁
豊臣秀吉の朝食。豆味噌の握り飯、蛸の味噌焼き、納豆汁

献立は豆味噌の握り飯、蛸の味噌焼き、納豆汁の三品です。 秀吉は尾張国愛知郡、現在の愛知県名古屋市で生まれ、その土地柄、味が濃いものが好きだったようです。

味噌の焼きだこ

炭火の網の上で一口大に切った蛸を焼いていく
一口大に切って焼いていく

タコは一度塩でぬめりを落とし、下茹でをしていきましょう。 そのあと、一口大に切っていきます。

秀吉がタコやイカを愛したのは有名な話で、思えば頭の回転が速いといわれていた秀吉、 たしか蛸にはタウリンが含まれており脳を活性化するといいますよね。 もしかしたら蛸がその要因なのかもしれません。

人によっては味噌と和えてから焼く、味噌でゆでてから焼く、味噌にしばらくつけてから焼くなど、 いろんな調理法で再現しているみたいですが、 今回はシンプルにタコを焼いて、後から味噌をつけていきます。

小皿に盛り付け、味噌を塗った蛸の味噌焼き
小皿に盛り付け、味噌を塗れば蛸の味噌焼きの出来あがり

秀吉といえば、一晩で城を立てて北条軍の戦意を喪失させ降伏に至らせたといわれる「一夜城」。 こちらは現在でも神奈川県に石垣山一夜城跡というものが残されています。

また伊達政宗の記述によると「昨日までなかった城ができていた」とあり、 一夜で城が建築された記録が残っているそうな。

ですが北条軍がみた城は、実は山頂の林の中に塀や櫓の骨組みを立て、 白い紙を貼って作った張りぼて城だったらしいんです。 この作戦を思いついたのもタコのおかげかもしれませんね。

豆味噌の握り飯

皿に並べた三つの握り飯に、しゃもじで豆味噌を塗っているところ
丸型に握った飯に、豆味噌を塗っていく

秀吉は信長のように気が短いわけではなかったですが、食べやすいものとして、 握り飯に豆味噌を塗ったものを食べていたそう。

織田信長や豊臣秀吉のみならず、このあと紹介する徳川家康も豆味噌を好んで食していたそうです。 手に水を付けて、握っていきますか。おっとと、炊き立ては熱いですが頑張って丸型にしていきましょう。

豆味噌を塗り終えた三つの握り飯
握り飯ができたら豆味噌を塗れば完成

汁ものは納豆汁

すり鉢で納豆を練っていく手元
納豆をすり鉢でよく練っていく

納豆汁は江戸時代に人気だったというイメージはありますが、 実は室町時代からも食されていたとの話があるんです。 そしてそれを好んでいたのが千利休と豊臣秀吉と、まぁ諸説あるみたいですが、作っていきましょう。

納豆をすり鉢でよく練っていく。そうしたら鍋に味噌を溶き入れ、この中に納豆を入れていくだけ。 かなり今回はシンプルなものになりましたね。

椀によそった納豆汁から湯気が立つ
納豆が沈殿して、ただの味噌汁になっているような……まぁまぁ

何はともあれこれで秀吉の朝食が揃いました。庶民出身らしい、親しみやすいものですな。

三人目・徳川家康の朝食

再現した徳川家康の朝食。麦飯、茄子の味噌汁、鶏肉の焼き物、瓜の漬物
徳川家康の朝食。麦飯、茄子の味噌汁、鶏肉の焼き物、瓜の漬物

献立は麦飯、茄子の味噌汁、鶏肉の焼き物、瓜の漬物の四品。 家康は質素倹約を重んじ、粗食を好んだことで知られています。 天下人となってからも、その姿勢は変わりませんでした。

白米を山盛りにされて、烈火のごとく怒る

椀によそった麦飯。白米に麦の粒が混ざっている
米に麦を混ぜて炊く麦飯は、家康が好んだ主食

贅沢を嫌い、質素な食事を心がけていた家康らしい選択です。こちらは白米と麦を混ぜて炊いていきましょう。

家康の麦飯にまつわる話で、ある時家臣が「たまにはしっかりと白米を食べてほしい」という親切心から、 白米を山盛りにし、その上に麦を掛けて出したところ、 家康はその家臣に対し烈火のごとく怒ったそうなんです。

高価な白米だけを食べることが堕落につながると考えていたみたいですな。

旬にこだわる、茄子の味噌汁

椀によそった茄子の味噌汁。輪切りの茄子が浮かぶ
輪切りにした茄子をだし汁で煮て、味噌を溶き入れた一椀

家康は旬の食材に強いこだわりがあり、汁ものや漬物には、 それぞれの旬の野菜を食していたそうな。なので今回はこちらの茄子を使います。

戦国時代の武将にとって、温かい汁物は貴重なエネルギー源でした。 特に早朝から戦略を練る家康にとって、体を温める味噌汁は欠かせなかったのでしょう。 茄子が柔らかくなったら味噌を溶き入れて完成。

鷹狩りと、鶏肉の焼き物

炭火の網の上で鶏もも肉を塩で焼いていく
捌いた鶏もも肉を、塩で焼いていくだけ

家康は鷹狩りが好きで、鶴やウズラなどの野鳥を狩り、その肉を食べていたそうなんです。 さすがに鶴の肉は用意できなかったので、こちらの鶏肉を用いました。本日はもも肉をつかっていきましょう。

群雄割拠の戦国時代、肉食が禁止されていたとの話がありますが、 イノシシや鹿、つるや小鳥などの肉は狩猟して食べていたそうなんです。 豊臣秀吉はトラの肉を食べていたとも言われますよね。

特に長時間の軍議や合戦に備えるため、しっかりとした食事が必要だったのです。

小皿に盛り付けた鶏肉の焼き物
塩だけで焼いた鶏肉。これで焼き物の完成

瓜の漬物と、武士が避けた胡瓜

小皿に並べた瓜の塩漬け
一晩漬ければ水気がたっぷり出る。瓜の塩漬けの出来あがり

こちらも夏の旬野菜で、庶民にも人気だった野菜。家康も夏場は食べていたみたいです。 まず両端を切り、タネを取り除いたら塩でもんでいきます。

ちなみにきゅうりも夏野菜として有名ですが、当時の武士たちは食べるのを避けていたんです。 理由は胡瓜を輪切りにした際に、徳川家の家紋である三つ葉左葵巴の紋に見えることからだそう。

でも瓜もなすも輪切りにしたら見えなくもないような……
めったなことは言うもんじゃないですな。

揉みこんだら樽に漬けておきましょう。一晩立てばこのように水気がたっぷり出ているので、 こちらを盛り付ければ瓜の塩漬けのできあがり。 さぁ、最後の天下人、徳川家康の朝食が完成しました。

三人の朝食を食べ比べる

畳の上のお膳から麦飯の椀を手に取り、実際に食べているところ
三人ぶんの朝食が揃った。まずは家康の膳から、いただきます

信長 ―― 焼き味噌はもう絶品

焼き味噌をご飯に乗せて、お湯をかけてっと。うまそうだ。うん、おいしい。

生姜の辛み、大葉の香り、ごまの風味が絶妙に調和して、米との相性も抜群。 大根の味噌漬けはかなり味が濃いですが、おかげでご飯が進みます。

革新的な信長が、意外にも伝統的な発酵食品を好んでいたのが興味深いですね。

秀吉 ―― 濃厚な握り飯と、あっさりした納豆汁

豆味噌の握り飯は、濃厚な味わいで食べ応えがありますねぇ。 手軽に食べられるのも、忙しい天下人にはぴったりでしょう。

味噌の焼きだこは、タコの弾力と味噌の香ばしさが見事にマッチしています。 これが秀吉の大好物だったというのもうなずけますし、 納豆汁は、意外にもあっさりとした味わいで、朝食にはちょうど良い一品でした。

家康 ―― 質素ながら、腹持ちがよい

麦飯は、麦のプチプチとした食感が印象的で、質素ながらも腹持ちがよく、 長時間の政務に集中できそう。

茄子の味噌汁は優しい味わいで、体が温まりますし、鶏肉の焼き物はシンプルですが、 これぐらいがちょうどいいんですよね。 そして瓜の漬物の爽やかな味が、全体のバランスを整えてくれる。

合理主義の信長、庶民的な秀吉、そして健康的な家康。
食事からも、その人となりが見えてくるものですね。

戦国の三英傑の朝食を通して感じるのは、どんなに権力を握った武将でも、 それぞれに大切にしていた価値観があったということでございました。

現代の私たちも、忙しい毎日の中で朝食を軽視しがちですが、 一日の始まりを大切にした戦国武将たちの姿勢から、学ぶべきことがあるのかもしれません。

本編動画

仕込みから実食までの全工程は本編で

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