平安時代の食事を再現する 白米は、貴族のものだった
主食は玄米、味つけはほとんど塩のみ。
庶民の朝食を一週間分、当時のつくり方で再現した記録です。

この記事でわかること
- 平安時代の庶民の主食は玄米。白米は当時とても高価で、貴族が食べるものだった
- 貴族は「酒」「酢」「塩」「醤(ひしお)」からなる「四種器(ししゅのもの)」を自由に使えていたそうで、庶民が使えるのは塩のみだったという
- 二日目の玄米は「湯取り法」で炊いた。水を入れて炊き、沸騰した頃合いで湯を捨て、余熱で蒸らす当時の炊き方
- 保存食の基本は塩漬けと粕漬け。瓜・茄子・蕪の塩漬けと、牛蒡の粕漬けをつくった
- 汁ものはめったに作らなかったといわれ、つくるとしてもわかめや青菜を塩で味つけした質素なものだった
平安時代の庶民は朝、何を食べていたか
平安時代の庶民の主食は玄米でした。 白米は当時とても高価で貴族が食べるものであり、庶民は玄米と野菜を使った素朴な食事を取っていたのです。
「雅やかな貴族文化」と言われる平安時代。 しかしその実態は、庶民にとって決して華やかなものではありませんでした。
質素ながらも、限られた食材と自然の恵みを活かした食事。 そこから当時の暮らしぶりを探るべく、庶民の朝食を一週間分再現しました。
庶民が使えた調味料は、塩だけだったという
平安貴族たちは「酒」や「酢」、「塩」、そして醤油の原型でもある「醤(ひしお)」といった 「四種器(ししゅのもの)」という調味料を自由に使えていたそうです。
いっぽう、庶民が使えるのは「塩」のみだったそう。 この一週間の献立で味つけがほとんど塩だけになっているのは、そのためです。
材料の分量について
今回の企画の材料表には、数量の記載がありません。 そのため本記事では、各日の材料を品名のみで記しています。
一日目・玄米と鮎の塩焼き、大根と蕨の煮物
一日目の献立は、玄米・鮎の塩焼き・大根と蕨の煮物・塩。 主食の玄米はよく研いで、羽釜に入れて炊いていきます。
- 玄米ご飯
- 玄米 ―― 材料表に分量の記載なし。当時の炊飯は現代よりもずっと時間がかかる作業だった
- 鮎の塩焼き
- 鮎/塩 ―― 材料表に分量の記載なし
- 大根と蕨の煮物
- 大根/蕨/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。味付けは塩のみ

鮎は、庶民でも食べられた川魚
鮎は庶民でも食べることができた川魚で、川の近くに住む人たちは 自分たちで取って食べていたそうなんです。


大根は厚めの半月切りに
大根は三分の一ほど切り、皮を剥いていきます。 外側の皮を取るためなので少し厚めに桂剥きをしたら、厚さもつけて半月切りに。

蕨は春によく見かける山菜で、当時はこのような山菜を主食にしていたそうなんです。 今回は新鮮な蕨を見つけることができなかったため、下処理のされた蕨を使用しています。

蕨を半分に切って鍋に入れ、軽く煮ていきます。 そこに先ほど切った大根を入れ、味付けは塩のみ。 大根が半透明になってきたらできあがりです。


二日目・湯取り法の玄米と瓜の塩漬け
二日目は湯取り法で炊いた玄米と瓜の塩漬け、そして塩。 湯取り法は、当時の炊き方でもあった方法です。
- 玄米(湯取り法)
- 玄米 ―― 材料表に分量の記載なし。水を入れて炊き、沸騰した頃合いで湯を捨て、余熱で蒸らして仕上げる
- 瓜の塩漬け
- 瓜/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。薄切りにして塩でもみ、一晩ほど寝かせる


瓜は、漬物によく使われていた
瓜は平安時代から漬物によく使われていた果物です。 両端を切って半分にし、タネをそげ落としたら薄切りに。


保存食の基本は、塩漬けと粕漬け
平安時代の保存食の基本は塩漬けや粕漬けが主でした。 酢漬けもありましたが、「お酢」自体も庶民からしたら高級品で、 あまり使われていなかったようです。


三日目・雑穀粥と茄子の塩漬け、ネギの水煮
三日目は雑穀の粥と茄子の塩漬け、そしてネギの水煮。 当時は玄米だけでなく、稗や粟などの雑穀だけを炊いて粥として食べられていたそうなんです。
- 雑穀粥
- 雑穀 ―― 材料表に分量の記載なし。普段のお米を炊くよりも多めの水を入れて火にかける
- 茄子の塩漬け
- 茄子/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。輪切りにして塩でもみ、一晩ほど寝かせる
- ネギの水煮(茹でもの)
- ネギ/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。鉄鍋に塩とネギを入れてじっくり煮る

時には玄米ですら食べることが難しい平安の庶民たちは、 このように雑穀だけの粥を食べていました。
しばらくして湯気が出てきたら軽く混ぜ、またしばらく煮ていきます。 かなり膨らんできたら、茶碗によそって出来上がりです。

茄子は「奈須比」として知られていた
茄子は平安時代「奈須比」として知られていました。 ヘタを取って輪切りにし、塩でまた揉んでいきます。

「なすび」という名前の由来は、昔の「なす」は酸味が強いものだったそうで、 「中が酸っぱい実」から「なかすみ」「なすみ」「なすび(奈須比)」と、 都のあった関西地方を中心に呼び名が広まっていったという説があります。

じっくり煮ると、ネギの甘味が増す
ネギを適当な大きさに切ったら、鉄鍋に塩を入れてネギを投入。 じっくりと煮ることで、ネギの甘味が増していくんです。

当時の調理法は非常に素朴で、素材の味をそのまま活かすことが基本。 言い換えれば、味付けをするための調味料が庶民にとって手の届きにくいものだったのでしょう。

四日目・塩鰯とわかめの汁もの、蕪の漬物
四日目は、庶民の位における少々贅沢なものにしました。 玄米と雑穀の粥・塩鰯・わかめの汁もの・蕪の漬物・塩という献立です。
- 玄米と雑穀の粥
- 玄米/雑穀 ―― 材料表に分量の記載なし。多めの水を入れて火にかけ、沸騰する直前ぐらいができあがりの合図
- 塩鰯
- 鰯/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。両面に塩をふり、二晩ほど干してから焼く
- わかめの汁もの
- わかめ/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。乾燥わかめを水で戻し、鍋に入れて塩でゆでる
- 蕪の漬物
- 蕪/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。皮をむいて薄切りに、葉も切って塩で揉み一晩寝かせる

平安時代の庶民は、米だけでは量が足りない際に、稗や粟などの雑穀を混ぜ、 多めの水を入れて少しでも量を増やそうとしていたんです。
塩鰯は、重要な保存食だった
塩鰯は鰯に塩をまぶして干したもので、平安時代の重要な保存食でした。 そのまま焼いて食べるか、軽く炙って食べていたそうです。


当時は塩漬けにして長期保存もされていた鰯。 鮎につづき、庶民にとっては貴重なたんぱく源だったんです。

とりばみ、という習慣
平安貴族たちは一食に並べられる料理が15品もあったのですが、 すべてを食べていたかというとそういうわけでもなく、 余った料理は「とりばみ」をして無駄にしないようにしていたそうです。
漢字では「鳥」を「喰(はむ)」と書いて「鳥喰」と読みます。 宴会などの際に近隣の庶民を集め、食べ残したものを庶民に対して投げて与えるという習慣です。
汁ものは、めったに作らなかったといわれる
当時、汁ものはめったに作らなかったといわれている庶民たち。 つくるとしても海藻を――当時はわかめやひじきを――塩で味付けした質素なものでした。

わかめも当時、貴族の間ではおひたしや佃煮にして食べられていましたが、 庶民は塩だけですべて調理していました。 海藻は平安時代から重要な栄養源で、特にミネラル補給に欠かせない食材です。
薄切りにすれば、すぐ漬かる
蕪は皮をむいて薄切りに。葉も半分ほどに切ったら、塩で揉みこんで一晩寝かせます。 薄切りにすることですぐ漬けられるという一工夫です。


五日目・青菜の汁ものと蕨の塩ゆで
五日目は青菜の汁ものと蕨の塩ゆで。 汁ものには、前日に切っておいた蕪の葉を使います。
- 玄米と雑穀の粥
- 玄米/雑穀 ―― 材料表に分量の記載なし
- 青菜の汁もの
- 蕪の葉/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。適当な大きさに切って鍋で煮て、塩で味を整える
- 蕨の塩ゆで
- 蕨/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。切らずにそのまま鍋でゆで、火が通ったら塩を入れてしばらく煮る

当時は海藻だけでなく、青菜や根菜の葉、そして山菜を使って汁ものをつくっていました。 前日の蕪の葉が、そのまま翌日の一品になるわけです。

蕨は、庶民に愛された春の味覚
蕨の塩ゆでは、切らずにそのまま鍋に入れてゆでていきます。 火が通ったら塩を入れ、またしばらく煮ていく。
前日が豪華だった分、とてもシンプルなものになりましたが、 平安時代の春の味覚として、蕨は庶民に愛された食材でした。


六日目・牛蒡の粕漬け
六日目は玄米と雑穀の粥、そして牛蒡の粕漬け。 当時は塩漬けと並び、保存食として酒粕で漬けた粕漬けが多く食べられていました。
- 玄米と雑穀の粥
- 玄米/雑穀 ―― 材料表に分量の記載なし
- 牛蒡の粕漬け
- 牛蒡/酒粕/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。今回は三日ほど漬け込んだ

表面をそいだら、適当な大きさに切っていきます。 次は樽の中に酒粕と塩を混ぜ、その中に牛蒡を入れて混ぜこみ、しばらく漬けておく。

三日ほど漬け込みました。 見た目の違いはわかりにくいかもしれませんが、柔らかくなっているので、 まぁ漬けられたと思いますな。


七日目・にらとニンニクの芽の和え物
最後の七日目はにらとニンニクの芽の和え物。 どちらの食材も平安時代には栽培されており、意外と身近な食材でもあったのです。
- 玄米と雑穀の粥
- 玄米/雑穀 ―― 材料表に分量の記載なし
- にらとニンニクの芽の和え物
- にら/にんにくの芽/塩 ―― 材料表に分量の記載なし。適当な大きさに切って湯で煮て、塩で和える


それぞれ、薬効があるとされた
にらとニンニクはそれぞれ薬効があるとされ、 ニンニクは「極熱(ごくねち)の草薬(そうやく)」、 にらは「古美良(こみら)」や「久久美良(くくみら)」とも呼ばれていました。
平安貴族をはじめ、庶民からも重宝されていたんです。


七日分を食べてみて
味付けはほとんど塩。素朴な味ではありますが、 全体的に素材の味がしっかりとしているのでおいしく食べられました。

一日目の鮎の塩焼きは、塩だけの味付けですが鮎本来の味がしっかりと感じられます。 大根と蕨の煮物も、素材の甘みが優しく口に広がりました。
二日目の湯取り法で炊いた玄米は、また違った食感。 少しパサパサしていますが、これが当時の炊き方だったのでしょう。 瓜の塩漬けはシャキシャキとした食感で、塩気があり箸が止まりません。
三日目の雑穀の粥は、意外と味わい深いものでまずくはない。 茄子の塩漬けとネギの水煮はどちらも素材の味が活かされていますが、 現代人には物足りなく感じるかもしれませんね。
四日目の鰯は本当においしく感じます。 焼いただけだからこそ、このうまみのありがたさがわかる。 わかめの汁ものはまぁ、なんともいえないですな。
漬物とご飯の相性は、この頃から変わらず安定したおいしさがあります。
五日目もとても優しい味付けなのですが、現代人の良くないところですね。 味の濃いものが食べたくなる。
そして当時の食事が質素だったか身に沁みます。
六日目の牛蒡の粕漬けは、今までの塩で調理したものと比べると かなり味がとがったように感じます。 ですが牛蒡も柔らかくなり濃い味なので、これはおいしい。
最後のにらとニンニクの芽は、それぞれがもともと持っている風味が強いので、 味が薄いということはない。そのせいか、こちらもご飯が進むものになっています。
一週間を終えて
七日間を通して感じるのは、平安時代の庶民の食事の質素さです。 貴族が雅な食文化を楽しんでいた一方で、庶民の食事は本当にシンプルなものでした。

しかし、その中にも季節の恵みを活かす知恵や、 限られた食材を無駄なく使う工夫が込められていました。
蕪の葉を翌日の汁ものに回し、干した鰯を焼いて食べ、酒粕に牛蒡を漬けておく。 山菜や海藻、川魚など、自然からの贈り物を大切に食べていたのですな。
本編動画
本編で用いた図版の出典
今回の再現は、制作時の脚本にもとづいています。 本編の映像で用いた図版の出典は次のとおりです。 当サイトの方針により図版そのものは記事に掲載せず、原典へのリンクのみを示します。
- 菱河師宣 画『源氏大和絵鑑』[2]、うろこかたや、貞享2[1685] ―― 国立国会図書館デジタルコレクション
- 菱川吉兵衛〈菱川師宣〉画『大和絵つくし』、鱗形屋三左衛門、延宝8[1680]刊 ―― 国立国会図書館デジタルコレクション
- 『病草紙 : 異本』、写 ―― 国立国会図書館デジタルコレクション
- 『癈疾画』、写 ―― 国立国会図書館デジタルコレクション
再現の方針と史料の扱いについては再現の作法をご覧ください。



