江戸時代の飛脚の食事を再現する 走るための一日三食
一日に三十里、五十里と走った飛脚は何を食べていたか。
朝・昼・晩の献立を、当時のつくり方で再現しました。

この記事でわかること
- 飛脚の献立は、朝・昼・晩のすべてが走るために組み立てられていた
- 朝は麦飯 ―― 白米より腹持ちがよく、足腰が丈夫になるとされた
- 昼は握り飯・焼き味噌・干し芋 ―― 座って食う暇がないため、すべて携行できる形
- 梅干しは足がつるのを防ぐとされ、重宝された
- 晩は冷や飯と焼き干し鰯。魚の骨も皮も粉にして使い、何も捨てなかった
飛脚の食事は何が違うのか
一日に三十里、五十里と走った飛脚。当時の一里はおよそ4キロですから、走った距離は百キロを優に超えます。
その体を、当時の食事はどう支えていたのでしょうか。 再現してみると、朝・昼・晩のどれもが走るために最適化されていることが見えてきました。 派手ではありません。豪勢でもない。それでも、明日また走れる体をつくるための献立です。
朝餉・麦飯と芋がら

飛脚は夜明け前から走り出します。 体が冷えた状態でいきなり走ると足がつってしまう。だから朝飯の塩分と温かい汁は、体を目覚めさせるための準備運動のようなものでした。
白米ではなく、麦飯

麦飯は白米よりも食べ応えがあります。飛脚にとっては、白米より腹持ちがいい上に足腰が丈夫になると言われていました。 先輩たちから口伝えに教わってきた知恵です。

芋がらも繊維質でありながら柔らかく、味噌の塩味と麦飯がよく合います。噛むたびに胡麻の風味が鼻から抜けました。

味噌汁は大根と凍み豆腐。どちらにも味がしみこんでいて、特に豆腐は噛むたびに旨味があふれ出てきます。
昼餉・走りながら食う

三十里も走れば、足の裏が焼けるようになり、腹の虫も鳴き出します。 ただし飛脚の昼飯には、座ってゆっくり食う暇がありません。走りながら食うこともある。 だから握って携行できる、こういう形のものしか食べられませんでした。

梅干しは、足がつるのを防ぐといわれた
握り飯を梅干しと食べると、疲れた体にしみわたります。 梅干しは足がつるのを防いでくれる——走り込んできた先輩から教わる知恵でした。酸っぱいのですが、このすっぱさがまた元気を出させてくれます。

焼き味噌も塩辛いのですが、だからこそ握り飯との調和が取れます。 現代でも疲れた時には塩分を取るといいますが、この時代からそれは続いていたのかもしれません。

干し芋は噛むと口の中に甘みが広がります。少量でもエネルギー補給になる、走る者のための一品です。
夕餉・冷や飯がうまい

今日も五十里は走ったかという頃。足の疲れが骨まで染みています。 だからこそ、この時の飯が一番うまい。

まずは鰯をほぐして冷や飯でかっこむ。この冷や飯がまたいいのです。 温め直す手間もなく、鰯の旨味と一緒にかき込めば、疲れた胃袋にすうっと落ちていきます。


走り通しで固まった足の筋肉みたいに、こういう柔らかく煮えたものが体にしみわたるのです。
魚の骨も皮も、粉にして食べる

冷や飯に魚粉を振りかけると、小魚粉の香ばしさがまたさらにご飯を進ませます。 無駄なく栄養を取る思想が、ここに表れている。
すべては走るために
飛脚の一日の食事を通して感じるのは、すべてが長距離を走るために最適化された食事だということです。
- 腹持ち重視の麦飯 ―― 白米より持ち、足腰が丈夫になるとされた
- 携行できる握り飯と焼き味噌 ―― 座って食う暇がないから、この形しかない
- 回復のための温かい煮物 ―― 固まった足に、柔らかく煮えたものがしみる
- 足のつりを防ぐ梅干し、少量で補給できる干し芋、捨てずに使う魚粉
派手ではありません。豪勢でもない。それでも、うまくて、腹にたまって、明日もまた走れる体にしてくれる。 飛脚にとって、これ以上の飯は必要なかったのでしょう。
本編動画
参照した史料
- 大藏永常 編『竈の賑ひ』 ―― 国立国会図書館デジタルコレクション
- 市場通笑 作 ほか『思事夢濃枕 三巻』(天明元年/1781) ―― 国立国会図書館デジタルコレクション
- 「東海道五拾三次之内・平塚 縄手道」 ―― 東京国立博物館所蔵(ColBase)。街道の風景
- 前北斎為一「冨嶽三十六景 従千住花街眺望ノ不二」 ―― 国立国会図書館デジタルコレクション
あわせて『日本の食生活全集 東京』(農山漁村文化協会)、『江戸の街道と宿場』(吉川弘文館)、 『江戸の物流と飛脚』(平凡社)、石川英輔『江戸の食文化』、 および江戸期の労働者食・宿場記録資料を参考にしています。



